なんだったのか・・・入試の面接

皆さん面接対策でお忙しいと思いますが、院長の人生では数々の入試で面接をこなしてきましたが、普段の院長のボケぶりからもわかるように、面接でもボケまくっていました。インターネットの塾の広告に「医学部の面接対策を20回以上当塾では行っています」と書いてあるのを見ると恥ずかしいくらい、ろくでもない面接を繰り返してきました。
秋田大学医学部の面接では、「自然科学系でノーベル賞を取った人を挙げなさい」と言われ、
「江戸川進です」
と答えてしまい、面接官3人うんうん、と頷いていたのですがなぜか???・・・ そうです、正解は「利根川進」です。千葉県民(当時)には、江戸川と利根川は親しみ深い川で、緊張してごっちゃになっちゃったんですね。それで、同室の残りの二人が調子が狂って
「川端康成」「佐藤栄作」と、とんちんかんな(自然科学系ではない)答えを答えてしまい、「自然科学系じゃないでしょ💢」と面接官に突っ込まれていました。
「スキーはできますか?」に関しては、
「運動は苦手ですが、スキーやスケートなど滑るのは得意です。」と答えてしまい失笑を買い、「そんな、東京の高校でスキーできるわけないでしょ❗️」と面接官に言われ、そしたら他の面接官が「先生、今時の高校は東京でもスキー教室あるんですよ」と言われ空中討論になって終わりました。
そして、面接が終わって帰り道、江戸川と利根川を間違えてしまったことを過剰に気にしすぎて、それで落ちるかな・・・と心配をして帰ったのでした。
そして小論文、小論文模試でろくでもない点数をとっていた私は、
「高齢化社会について思うところを記述せよ」
で、頭真っ白。わかんないよぉ・・・と思った途端に頭に思い付いたのは、自分の家の前に高齢者用介護付きマンションが建設途中だったので、よくわかんないけど高齢者用介護付きマンション建設過程の観察とできてからの予想につきダラダラダラダラ記述して紙を埋めたのでした。それで果たしてよかったのか? 今から考えれば鉄板な問題ですが、いきなり出されると頭真っ白ですよねぇ・・・😭
千葉に帰ってから、当時合格発表は電報だったのですが、読む順番(縦、横)を間違えて落ちたと勘違いしてふて寝して、起きて「受かった奴らの番号でも拝んでやるか・・・」となんとなく電報を見返したら自分の番号があったのに気がついたのでした💧。危うく電報捨てるところでした。
医師国家試験の合格発表の時も、本籍地(岡山)の合格者を探して「ない・・・」と頭が真っ白になったのでしたが、実は実家の住所の県(千葉県)の合格者に掲載されていたのに気がつくのにかなり時間がかかりました。
今の医学部入試はとても難関なようですが所詮高校生、中2病の延長なものでこれから発展していくので、背伸びしないでありのままの自分がうまく表現できることを祈っております。受験生の皆様、頑張ってください❗️